特集

情報誌で振り返るアルミ・銅の歴史 ①(1963~1974)

拡大するアルミ需要と真岡工場

神鋼の動き 軽伸事業部(1967年12月 31・32号)


「軽伸ニュース」 NO.31・32号 本文
  毎年最後に発行された「神鋼軽伸ニュース」では、その年を振り返って注目を集めた製品や事業について紹介している。1967年の号にも、多くのアルミ関連の製品が写真とともに紹介されている。横浜港で積み下ろされるアルミ・コンテナーや、生鮮品を輸送する東京ハイウェイ製作のアルミ冷凍車(11トン)、東野鉄道・那須ロープウェーで活躍するオールアルミのゴンドラほか、大型アルミ型材が使用された三井霞ケ関ビルなどが紹介されている。

アルミカー アルミ三元合金 Z5D(1968年9月 37号)


アルミ電車 地下鉄東西線の車両
  国鉄(現JR)、営団地下鉄をはじめ私鉄などの車両でも、このころ急速にアルミが採用され始めるようになっていた。その理由として記事では、「アルミのもつ素材としての近代的なセンスが現代の生活環境に欠かせないという時代の要求もありますが、アルミが溶接構造用としても、強度面でも長足の進歩をなし、スチールと十分に対抗できるものとして脚光を浴びてきました」として、これらのアルミカーの車体に使用されている神戸製鋼のアルミ三元合金「Z5D」について紹介している。アルミ三元合金は、アルミニウム、亜鉛、マグネシウムからなる合金で、当時「Z5D」は国内シェア50%以上を占める期待の製品だった。
7000系合金である「Z5D」は、最近まで運行していた東北新幹線・上越新幹線の初代車両200 系新幹線の主要構造部に使用されていた。また、「Z5D」を改良した「CZ5D」合金は、300系および700系新幹線の部材に大幅に採用された。700系新幹線は現在も運行中である。
*神戸製鋼技報/Vol. 58 No. 3(Dec. 2008)参照

モータリゼーションを推進する精密鋳鍛造品(1968年12月 39号)


アルミ合金ダイカスト製ミッションケースを採用したホンダS800M)
  自動車生産量世界2位を達成するなど、当時の日本の自動車産業の躍進には目を見張るものがあった。毎年開催されていた東京モーターショーの人気も年を重ねるごとに高くなっていたが、とくにこの年1968年はオールアルミ製のエンジンが展示され大きな反響を呼んだ。記事では、「各メーカーともに軽量化による性能向上のために軽くて強いアルミ合金への関心は高く、エンジンクランクケース、シリンダーヘッド、インナーアーム、タービンプレート、ミッションケースなどアルミ合金精密鋳鍛造品を積極的に採用している」と解説したあと、これは「馬力当り重量をいかに小さくするかという自動車メーカーの長年の問題解決に大きく寄与するものである」と述べている。

営業運転に入った真岡工場(1969年8月 47号)
第1期工事完成レセプション開催(1970年6月 56号)


真岡工場の全景
  アルミ圧延製品の需要が大幅に拡大することが予想されたため、それに応えるために1969年8月21日、大消費地である関東地区の栃木県真岡市に工場を新設し、1,650トンの横型押出3基(月産800トン)でスタートした。また工場というと公害が問題になっているが、真岡工場では、公害問題を起こさないための最善の策がとられていると記事では紹介している。
翌1970年6月6日、真岡工場において第1期工事完成レセプションが盛大に開催された。レセプションでは、20名ほどのグループに分けて工場案内が行われたのち、当時の外山社長から、「現在の規模は第1期分ですが、10年後には板圧延設備を加えて、世界的な規模の総合アルミ工場になります」という趣旨のあいさつがあった。
真岡工場はその後、稼働5年目で押出工場としての最盛期を迎え、この間にアルミ板の生産体制の整備もすすめられた。1972年に冷間圧延・精整工場を完成し、1974年には溶解工場、熱延工場を建設し、板の一貫生産体制を確立している。

EXPO70にみるアルミ(1970年3月 53号)


日本専売公社(現JT)のパピリオンの「虹の塔」
  EXPO70(大阪万博)は、「人類の進歩と調和」をテーマに掲げ、77ヵ国が参加して、1970年3月15日から9月13日まで、大阪府吹田市の千里丘陵で開催された。戦後、高度経済成長を成し遂げ、アメリカに次ぐ経済大国となった日本を象徴するイベントとして注目されたその万博会場で、多くの神戸製鋼の製品が活躍しているというのが記事の内容である。その一つがアルミ合金製移動化粧室といわれるもので、軽金属協会、軽金属圧延工業会など7団体に加盟している170社の協力で完成させたという。そのほかに神戸製鋼の製品で目を引くものとして、日本専売公社(現JT)のパピリオンの「虹の塔」を紹介している。高さ70メートルの弥生時代の銅鐸を思わせる建造物で、これには神戸製鋼のアルミ製ボードが使われていた。

楽しさと健康を創るアルミプール(1973年 91号)


わんぱくランド全景と競泳プール
  このころは、地方公共団体が中心になって公園や運動・レジャー施設などの建設を盛んにすすめた時代である。プール施設も数多く建設されるようになったが、そんなプールの多くにアルミが採用されはじめているというのが記事の内容である。「コンクリート製のもののように割れが生じたり、コンクリート粗面に不純物が付着することもなく、また、鉄製のもののように腐食してサビが水に混入することもなく・・・」とそのメリットをあげ、「維持管理の手間も少なく短い工期で完成」するので、「予算の関係で起工時期が限られ、シーズンに間に合わせなければならないプール建設にはアルミが最適」だと紹介している。記事では千葉県の「わんぱくランド」にある競泳プールを取り上げ、オーバーフロー部にアルミの形材が使われていることを紹介している。現在「わんぱくランド」はなく、「アクアリンクちば」というスケートリンクになっている。
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