特集

情報誌で振り返るアルミ・銅の歴史 ①(1963~1974)

秦野工場の創業と銅管事業

秦野工場6月に営業運転(1967年2月 26号)


世界最新鋭の設備を誇る秦野工場
  冷暖房用銅管の世界的な伸びに対応するためには、門司工場のみでは能力的に限界がきていた。そこで、1967年6月、門司工場から空調用銅管を移管して神戸製鋼秦野工場が操業を開始した。当時神戸製鋼の銅管ユーザーの55%を関東地区で占めていたことから、工場の立地としては関東がふさわしいと考えられており、神奈川県秦野市に工場が建設されることになったのである。秦野工場は当時、小型銅管専門の工場として、世界最新鋭の設備を誇っていた。記事では、当時の伸銅販売部長だった鈴木満信氏の次のようなことばを紹介している。「今年のハイライトは、何といっても、新設秦野工場の6月本格稼働(試運転は4月)である。これは主力は輸出であるが、関東方面の需要にも充分対処できるものである。すでに空調機器関係や化学プラントなど、充分な需要の裏付けを得ている」。
その後、2004年4月、縮小する国内市場と拡大する東南アジア市場に対応するため、神戸製鋼秦野工場は三菱マテリアルの国内および東南アジア地区における銅管事業と統合してコベルコ マテリアル銅管を誕生させた。2005年には国内生産拠点を1拠点に集約し、2010年にはタイ工場、2012年にはマレーシア工場の設備増強工事を実施するなど、変化する市場に対応している。

京王プラザホテルなど新宿副都心の銅管(1970年3月 53号)


建設中の京王プラザホテル
  京王プラザホテルは、淀橋浄水場の再開発により生まれた新宿の超高層ビル群の先駆け的存在であるとともに、日本初の超高層ホテルである。開業は1971年6月5日。この記事はその前年に掲載されたもので、37階まで骨組みができている京王プラザホテルに、神戸製鋼の銅管が採用される予定だと報告している。内容としては、地域冷暖部計画による「プラントからの配給管と各ビルの空調設備、ビル内の本管と各部屋などの継手、支管を含め、同計画達成にともなう大量の銅管需要が期待できる」と述べ、他の超高層ビル・大型中高層ビルにも神戸製鋼の銅管が採用される見込みだと結んでいる。1974年に新宿住友ビルに抜かれるまでは、京王プラザホテルが日本で最も高い超高層ビルだった。

歴史的金属「銅」(1973年年10月 93号)


銅板条の当時の用途例
  この号では、銅を「若い金属」であるアルミと対比して、「歴史的金属」という角度から紹介している。アルミの歴史は200年足らずだが、銅は人類が初めて手にした金属であり約6000年の歴史がある。しかし、それは古いということではなく、「あらゆる機械器具が日進月歩するなかで、銅の果たす役割はますます重要になってきている」と述べている。「銅の多くは線あるいは管として、電気および建築の分野などで大量に使われている」が、それだけでなく、「日用品をはじめ金属製品および電気機器などに銅・黄銅の板・条が多く使われ、導電性・熱伝導性などの特性を発揮している」からだという。記事では、銅板条の当時の用途例を写真で紹介している。
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