瞼に焼きつく炎の風物詩

炎が夜空を焦がす、奈良東大寺・二月堂のお水取り。
燃え盛る松明の炎は予想をはるかに超えて激しく、毎年、堂に燃え移らないのかと案じてしまう。火の粉が飛び散るさまは、まさにダイナミック。瞼に焼きつくほど鮮烈な儀式である。

 

途絶えることなく続く不退の行法

そもそもこれほど火を扱うのに、なぜお“水”取りなのだろうか。
東大寺二月堂の「お水取り」は「修二会(しゅにえ)」と呼ばれるもので、正しくは十一面悔過(じゅういちめんけか)という。十一面観世音菩薩を本尊とし、僧侶が人々に代わって懺悔の行を勤め、国家安泰等を祈る法要のことである。 現在では 3 月に行われているが、もともと旧暦の2月に行われていたので、2月に修する法会という意味を込めて修二会と呼ばれる。3月1日から2週間、修二会ではさまざまな行法が行われる。一日に6回、六時の行法を勤め、さらにその間にさまざまな法要や行事、作法が行われる。天平勝宝4(752)年に始まり、以来、一度も途絶えることなく行われていることから、「不退の行法」と称せられることもある。
そして「お水取り」の由来であるが、これは行中の深夜に、井戸から観音様にお供えするお香水を汲み上げる儀式からきている。これを勤める僧の道明かりとして、大きな松明に火が灯される。この炎が鮮やかな印象を持つため、「修二会」は「お水取り」や「お松明」と呼ばれるようになったということだ。

 

天をも焦がす炎の滝

お水取りは、巨大な松明の燃え盛りで始まる。回廊に現れた松明は、火の粉を振り落としながら回廊を駆けて行く。松明の火の粉を浴びると、その一年は安泰に過ごせるという言い伝えから、大勢の人々が炎の下に集まり、たいへんな賑わいとなる。そして 3 月 12 日の深夜には、観音様に供えるお香水が汲み上げられる。
とくに最終日の松明は圧巻だ。いっせいに松明が回廊に並び、火の粉が滝のように降りそそぐ。尻を焦がすほど接近して次々と松明が上堂するため、「尻つけ松明」、「尻焦がし」と呼ばれたりもする。盛大に舞う炎と、火の粉を浴びる人々の歓声と、なんと華やかで激しい行法であろう。
火と水の行法、お水取り。その炎が消えると、いよいよ待ち望んだ春がやってくるのだ。

 
 
 
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