世界に類を見ない正座をする国
世界中で日常的に正座をする国は日本だけだと言われている。中国では唐の時代までは正座の習慣があったというが、西方からアラビア人など異民族の文化が入ってくると椅子の生活が定着し、宋代(10世紀頃)には正座の習慣がなくなってしまった。韓国では昔から胡座(あぐら)か立て膝を立てて座るのが一般的で、正座は罪人に強いる姿勢だったことも影響してか、ほとんど正座をする人はいない。あとはイスラムの国々で神へ祈るときに正座をすることがあるが、それは座るための習慣ではない。
そもそも正座の姿勢は極限まで膝を屈することになるのだから、決して楽なかたちとはいえない。大森貝塚を発見し日本考古学の歴史を拓いたと言われるE・S・モースはその著書『日本人の住まい』の中で、「端坐の姿勢は外国人にとっては相当に苦痛で、それに慣れるためにはただ練習する以外にはない」と、正座の辛さをこぼしている。正座は私たち日本人には普通のことだが、当時の外国人にとっては中国の纏足に匹敵するくらいの奇習に映っていたらしい。それではなぜ、そんな肉体的に負担のかかる正座が日本だけで受けいれられてきたのだろうか。
 
正座のかたちはいつから
縄文時代の遺跡からきちんと正座をした土偶が発掘されていることから、昔から正座は日本の風習であったという説もある。しかし、正座はもともと日本人の正しい座り方として定着していたわけではなかったようだ。戦国時代までは、胡座、立て膝、横座りなどが貴賤を問わず一般的な座り方だと言われ、それぞれが正しい座り方として普及していた。茶の湯の世界でさえ、最初は胡座で客をもてなしていたという。やがて茶道が精神性を重んじ狭い空間にこだわるようになると、そうした空間におさまるもっともコンパクトな座り方として正座が行なわれるようになったと言われている。
また、江戸時代に参勤交代の大名たちに恭順の姿勢を取らせるために、将軍の前では正座を強いるようになったことが、やがて武家社会全般に定着していったという説もある。正座が、自己を厳しく律する武士像を具現した姿勢として広がっていたというのだ。
江戸時代に描かれた寺子屋の絵を見ると、子どもたちはきちんと正座をしている。そこには、正しい姿勢によって正しい精神を養うという考えが見てとれる。足がしびれるのを我慢することも精神を養うことにつながったのだ。正座には、仏教の坐禅のような精神鍛錬の意味もあったのかもしれない。
 
受け継がれていく正座という文化
さて、最近は畳の生活が少なくなったことから正座をする機会は減ってきている。また、脚のかたちが悪くなるからと敬遠される傾向にもあるという。しかし実際に正座をしてみて感じることだが、意外とカラダを安定させてくれる座り方なのではないかとも思えてくる。正座をすることで背筋力が鍛えられて、自然に姿勢が良くなるのだという。正座によるストレッチ効果である。
普段の生活で正座をすることは少なくなったとはいえ、冠婚葬祭、とくに葬祭の席では正座を強いられる場面は依然として多い。しかし、正座を苦手とする人も、正座をすることで気が引き締まり、心が落ち着くと感じることは多いと思う。正座という日本独特の文化はこれからも受け継がれていくことだろう。
 
 
 
 
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