箸だけを使って食事をしてきた日本人。
江戸時代中期の医師寺島良安は、『和漢三才図会』という本の中で「凡そ異国人、箸と匙を使う。本朝(日本)人、匙を用いず、ただ箸を用いるなり」と中国や韓国との食習慣の違いについて書き記している。確かに今も中国では汁物を食べるときにはレンゲを使用し、韓国ではご飯や汁物は金属製のスプーンで食べている。しかし、日本料理においては箸があればすべてこと足りる。椀を持ち上げ、直接口をつけて汁を飲めるようにしたことで、箸だけで汁物を食べることもできるようになった。箸を使う国はアジアに広く分布するが、箸だけで食事をする作法が確立されているのは日本だけだといわれている。
 
日本の食文化をつくってきた箸。
しかし最初から箸だけを使っていたわけではなかったようだ。祭祀器として使われてきた箸が食事のための食器として取り入れられるようになったのは奈良時代からだとされ、遣隋使が中国から持ち帰った箸と匙を併用した作法が朝廷で採用されたことに始まる。その後も、箸と匙を併用した中国作法は奈良・平安時代を通して宮中や貴族の食生活に定着していった。清少納言の「枕草子」には、「御前まいるほどに箸、かい(匙)とりよせて」という記述があり、宮中ではこの中国作法が主流になっていったことが伺われる。
しかし鎌倉時代以降になると武家文化の興隆などもあり、匙を使わずに料理そのものを箸だけで食べられるように、しだいに工夫し簡素化されていくことになる。今日の日本料理の基礎ができあがったのもこの頃だと言われている。やがて箸による食事習慣は一般庶民にも深く浸透し、日本独自の食事作法として今日まで伝えられているのだ。
 
西洋の食文化と比較して。
今でこそ箸を使う外国人は増えているが、最初に箸を見た外国人はこの文化をどうとらえていたのだろう。室町時代に日本に来たヨーロッパ人にバリニアーニという宣教師がいた。彼は日本人の食習慣について、「箸と称する二本の小さい棒があるのみで食物にはまったく手を触れることなく極めて清潔巧妙に箸を使い・・・(「耶蘇会使日本通信」)」と本国に報告している。当時のヨーロッパでは手で食べるのが一般的だったことを考えると、その驚きも納得できる。もちろんこの時代の西洋にナイフやフォークはあったが、一人ひとりが食卓でフォークとナイフを使う食事作法が一般化するのは18世紀の末だと言われている。「極めて清潔」とバリニアーニが報告したのはそんな事情があったからなのだ。
 
箸文化の担うもの。
箸は毎日の食事だけでなく、日本人の文化習俗と深く関わってきた。「箸に始まり箸に終わる」という言葉がある。生後百日の「お食い初め」から日々の食事、死んだあとは葬儀での「お骨拾い」、さらにお供えの御飯に立てて供養するというように、箸は人の一生と深く関わってきた。それは、箸の起源が祭祀器であったことからも伺われる。今でも、正月などハレの日には上下の区別がない両口箸を使うが、これは神様と私たちが一緒に使えるようにという信心からきている。箸には神が宿ると考えられていたからだ。
普段、何気なく使っている箸であるが、日本の歴史や習俗と深く関わってきたこの箸という文化を、あらためて見直してみたいものである。
 
 
 
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