鯛が重んじられるようになったのは江戸時代から。
鯛と言えば、その鮮やかな赤い体色や、勇壮な姿形、上品な味などが尊ばれ、頭から尾まで揃った尾頭付きは、「終わりを全うし、人生を全うしうる」縁起の良いものとして慶祝事の席には欠かせない魚である。鯛は日本人がもっとも古くから食用にしていた魚のひとつで、縄文時代の貝塚から多くの鯛の骨が出土していることからもうかがえる。
しかし、この鯛が最上の魚とされたのは江戸時代になってからのことである。それまではというと、上流貴族たちのあいだではなんといっても鯉が一番だった。中国の影響もあったのかもしれない。中国では現在でも慶事には鯉が用いられている。
かの兼好法師にいたっては、「鯉ばかりこそ、御前にても切らるるものであれば、やんごとなき魚なり。=鯉というのは、天皇の御前でもさばかれる尊い魚でもある。(徒然草118段)」と賞し、鯉こそ魚類で一番と位置づけていた。
それが鎌倉時代以降、武士勢力が台頭してくると、鯛の硬く堂々とした面構え、ピンと尖った鮮やかなヒレ、鎧のようなウロコと、その勇壮さが武士に好まれ、しだいに重んじられるようになってきた。そして江戸時代に入ると、武家社会の定着とともに、様々な祝いの儀式には鯛が欠かせないものになってきたという。
 
「活鯛屋敷」とよばれる役所があった。
こうした需要にこたえるため、徳川幕府は新鮮な鯛がいつでも手に入るよう、日本橋にあった当時の魚河岸の隣(現在の中央区日本橋1町目周辺)に広大な生け簀を設けていたという。江戸湾の海水を生け簀に引き、ここに江戸前の鯛などを確保し、出産や昇進といった急な祝いの膳や、献上品や贈答品としていつでも使えるようにしたという。これを管理するために「活鯛屋敷(正式には肴役所)」と呼ばれる役所が設けられた。これは武士のためだけのものではなく、江戸の町人も鯛を楽しむことができるようになったといわれている。まさにおめでたい(鯛)と言われる魚であるが、日本以外の国では意外と人気がない。
 
鯛が外国人には人気がない理由について。
たとえばアメリカでは、鯛はあごが強く丈夫な臼歯で固い甲殻類もバリバリと噛み砕いて食べることから、貪欲な魚というイメージがあるようで、スポーツフィッシングの対象とはなっても、食卓にはあまり上がらない。アメリカに限らず西欧諸国、フランスやイギリスでの評価も同じで、イギリスでは「ユダヤの食う魚」という不名誉?な言われ方もしている。お隣の中国でさえ、「死肉をくらう魚」とさげすんでいるのだと物の本には書いてある。中国では鯉などの淡水魚を食べる習慣はあっても、鯛は見向きもされないらしい。
 
日本人の文化に溶け込んでいる特別な魚。
さて話を日本に戻すが、江戸時代中期の俳人横井也有は俳文集『鶉衣(うずらころも)』のなかで、「人は武士、柱は檜、魚は鯛」として鯛を魚のなかで最上のものと絶賛している。これは当時の鯛に対する日本人共通の思いだったと感じられるが、現代人にとっても、鯛が特別な魚であることに変わりはない。
天然の真鯛の旬は春とされている。しかし、秋にさしかかった今頃の鯛もあなどれない。「鯛に旬はなし」と言われているが、産卵を終え冬に向かって脂を蓄えた秋の真鯛はとくに「紅葉鯛」と呼ばれ、こちらのほうが美味しいという人も多い。この季節の鯛は皮と身の間に脂があり、格別な真鯛を味わうことができる。今宵、鯛を肴に日本に生まれた幸せをかみしまれてはいかがであろうか。
 
 
 
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