今頃になると思い出す夏の風景がある。子どもの時、夏休みになると必ず訪れていた、田舎の祖父母の家の日常である。まだエアコンというものが、それほど普及していなかった頃だ。ゆっくりと首をふる扇風機に、ゆらゆらと昇っていく蚊取り線香の煙。絶え間なく鳴くセミの声。微風が窓から入ってくると、ちりりんと涼しげな音を立てる風鈴。そんな昼下がり、子どもの頃の自分は縁側に腰を掛けてアイスキャンディを食べ、それが終わるとごろんと寝転がり、そのまま昼寝をする。寝転がる場所は決まって簾のかかっている前であった。やさしく陽の光を遮ってくれ、時折涼しい風が吹き込んでくる簾の前が、とても気持ち良かったのだ。人の眼を遮ってくれるというのも、自分のちょっとした秘密の居場所ができたみたいで、子ども心に嬉しかったのを覚えている。だから、簾にはどうしてもノスタルジックなイメージがある。しかし、決してアンティークという感じではない。

 簾は古来から日本の人たちに愛用されてきたという。かの万葉集の歌にも、いくつか登場している。簾の奥にいるお姫さまなど高貴な人たちが、簾をゆっくりとあげて顔をのぞかせるといったシーンを時代劇で見ることも多い。あのような縁などの装飾品がついた高級品は御簾(みす)と呼ばれるものだ。当時の宮廷では日除けをはじめ、部屋の仕切りなどにもこの御簾がいろいろと使われており、無くてはならない重要なインテリアだったと言われている。そんな高貴な方々だけに愛用されていた簾が武家や商家でも使われるようになったのは江戸時代になってからで、それ以降はさまざまな場所で活躍するようになった。

 簾は、竹などの天然素材を編んで作られている。当然のことながら、江戸時代では専門の職人が全て手作業で簾を作っていた。現代では、街で売られている簾の殆どが機械で編まれたものであるが、今なお昔と同じ工程で手作業で簾を編む専門の職人たちがいる。竹、萩、御形(ゴギョウ)、蒲(ガマ)、葭(よし)などの天然素材の味わいをそのまま生かしているのが特徴の江戸簾は、こうした伝統技術を受け継いだ職人たちにより作られているものだ。江戸簾は素材の加工から職人たちが行うが、その工程にも長年の経験で培われてきた技術が光る。たとえば竹のカッティング。目の揃った美しい簾を作るためには、ただ単にノコギリを使ってギコギコと切っていくわけにはいかない。天然素材ゆえ元の形はバラバラな竹をすべて同じ形に整えていくためには、1つ1つ目に合わせて切ったり、薄く削いだりする作業が必要となる。何度となく繰り返し、身体で覚えていく技術のひとつである。こうして作られた職人技が光る江戸簾は、やはり風格が違う。芸術の気品すら感じる。

 以前訪れた知り合いの家では、リビングルームの仕切りに江戸簾を使用しており、目を引いていた。そこは和室でもなく、家具を和風テイストにトータルコーディネイトしているわけでもないのに、簾が部屋にとてもマッチしていてモダンな雰囲気を醸し出していた。それはノスタルジックさと新感覚の融合で、ほっとするような空間にもなっており、とてもセンスが良いな、と感心したものである。日本で昔から愛されてきた簾は、使い方次第で現代の家でもしっかりと活躍しているのである。この夏はこんな和風ブラインドで部屋を演出してみるのも楽しいかもしれない。涼とともに、自然素材と手作りのぬくもりも感じる江戸簾の魅力で、ちょっとばかり気持ちが豊かになるような気がする。

 
 
 
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