日本人に息づくモノを大切にする心
幼いころ、ご飯粒をお茶碗に残しては「もったいない、お百姓さんに悪いでしょう」と、親に叱られたものである。3つ子の魂100までというが、今でもご飯を残す際はとりわけ心が痛む。「もったいない」という言葉がどこからか響いてくるようである。

日本人のなかには、自分は無宗教だと考えている人がいるかもしれない。海外の人がよく質問する「どんな宗教を信仰しているか?」との問いかけに、すぐさま答えられないこともしばしばある。しかし日々の暮らしの中で、親から子へ伝えられてきた教えのなかに、仏教思想は息づいているのである。

「もったいない」という言葉は、もともと仏教用語からきている。「もったい」とは「物体(勿体)」のことで、モノの本来あるべき姿。世の中の事物すべてを意味し、それ自身単独では存在できないという仏教の考えを示している。「もったいない」は勿体を否定する言葉で、モノの本来あるべき姿がなくなること、それを惜しみ、嘆く気持ちを表している。
ちなみに普段何気なく使っている「おかげさま」や「いただきます」も仏教用語である。「おかげさま」は他の誰かによって生かされていることに感謝すること。「いただきます」は命をもらって生かされていることに感謝すること。どれも一人だけで生きているのではなく、多くの縁によって生かされているという考えに基づいている。
 
世界の環境スローガン「MOTTAINAI」
古くから日本人の精神として息づいてきた「もったいない」は、いまや世界の環境スローガンとなっている。2005年にケニアの環境副大臣ワンガリ・マータイ氏が来日した際に、この言葉の意味を知り、世界に広めようと呼びかけた。ワンガリ・マータイ氏はアフリカの砂漠化をくい止めようと植林活動「グリーンベルト運動」を実施。長年の環境に対する貢献が評価され、2004年にはノーベル平和賞を受賞した人物である。マータイ氏は、リデュース、リユース、リサイクルの3Rをたった一言で表している「もったいない」に感銘を受けたという。彼女は「MOTTAINAI」をスローガンに掲げ、環境に負荷をかけない生き方を進めるべきだと世界に訴えている。

今日の環境問題を解決するためのキーワードは、もともと日本人の精神に息づいていたものであった。「もったいない」はたんに使い惜しむのではなく、そのモノの持つ本来の価値や役割を見極め、それを無駄にすることなく、生かしていくための言葉である。モノが溢れ、つぎつぎと捨てられていく今日にあって、あらためてその心を取り戻す必要があるのかもしれない。ご飯粒を残したら「もったいない」と戒める、そんな教えが今、私たちに必要なのだろう。
 
 
 
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