動作一つ一つにしきたりのある男鹿のなまはげ
大晦日になると、「泣ぐ子はいねがー」「怠け者はいねがー」と、荒々しい声を発しながら、なまはげが家々を巡る。秋田県の男鹿半島を中心に行われる民俗行事である。顔には鬼の面、藁(わら)製のケラミノやハバキを身に付け、手には出刃包丁を持ち、奇声を発する。あまりの恐ろしさに泣き叫ぶ子供たち。小さな子供にとっては恐怖体験である。かつては失神する子供もいたという。なんとも荒々しい行事である。

荒れ狂う姿が印象的であるが、実はなまはげはその動作一つ一つにしきたりがある。むやみに家に侵入するのではなく、なまはげが家に入るには、「先立」と呼ばれる役目をする者が「お晩です。なまはげ来たすども」と、その家の主人になまはげを入れても良いかたずねるのだ。主人の了解が得られたら、玄関で7回シコを踏む。これで初めてその家を歩き回ることができる。「ウォー」と唸りながら怠け者を探し回る。そんななまはげを主人は丁重にもてなし、膳をすすめる。料理は尾頭付きの魚や刺身、煮しめ、なます、ハタハタなど。その年の実りの品々が並ぶ。なまはげはお膳に座る前に5回シコを踏む。主人は酒肴をすすめ、今年の作物のでき具合等の問答が交わされる。なまはげは来年も豊作であるよう祈願し、再び立ち上がって3回シコを踏み、また歩き回る。そして最後に「来年もまた来るがらな」と言い残して立ち去る。一連の動作のうち、7回、5回、3回とシコを踏むのが男鹿のなまはげ独自のしきたりである。
 
謎を秘めたなまはげのルーツ
なまはげの語源は「ナモミを剥ぐ」という言葉が訛ったものと言われている。ナモミとは囲炉裏の傍にずっといると手足にできる低温火傷のこと。それを剥いで怠け者を戒めるのがなまはげである。
男鹿のなまはげは山に鎮座する神々の使者と信じられているが、その発祥は諸説ある。大きくは三説あり、一つ目は漢の武帝と鬼どもの説。漢の武帝が5匹の鬼を従えてやって来、鬼が作物や娘らを略奪し村を荒らしたため、村人達は1晩で1000段の石段を積み上げることができたなら娘を差し出す、できなければ鬼は村を出て行くという賭けをもちかけた。すると、鬼はあっという間に999段積み上げたため、村人は機転を利かし一番鶏の鳴き真似で夜明けを告げると、鬼は慌てて姿を消した。村人は騙した鬼の祟りを恐れ、年に一度、若者が鬼に扮し、それを丁重にもてなし、山に帰ってもらうという祭を考え出したという説である。
二つ目が異国人漂流説。漢人、ロシア人、スペイン人など、言葉も体格も異なる異国人は、村人にとっては珍しく、奇異に受け取られ、鬼のように見えたのではないかとする説だ。
三つ目は山の修験者説。男鹿の真山・本山は古くから修験道の霊場として知られており、その修業者の凄まじい形相などをみて鬼と捉えたのではないかという説もある。
男鹿市内の60の集落で使用される面、衣装は、どれ一つとして同じものがない。これらは数々のルーツを物語る多様性を持ち合わせている。
そして日本海に突き出した男鹿半島の、海岸にそそり立つ断崖絶壁や洞窟、半年間は雪の中で暮らす厳しい冬。これらの厳しい風土があったからこそ、荒れ狂うなまはげが創り出されたのだろう。
 
 
 
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