秋の人気者。夏は高原で避暑
ねっとりと重く、肌にまとわりつくようだった空気がふっと軽くなる秋。この時期、そんな秋の空気を運んでくるように現れるのが赤とんぼだ。鮮やかな赤い体にきらきら光る羽、数十匹の群れが青い空をスッスッと進んでいく様を眺めていると、これで暑く苦しい夏も終わるなぁと、ほっとするような少し寂しいような気持ちになる。

そんな秋を代表する昆虫のひとつ赤とんぼだが、分類上でいうと赤とんぼという種は存在しない。赤とんぼは体が赤いとんぼの総称で、数十種類ものとんぼが含まれるのだ。中でも有名なのがアキアカネである。その名のとおり秋を彩るアキアカネは、意外にも6月〜7月の梅雨の時期にはすでに成虫になっている。しかし、暑さに弱いので夏の時期は高原などで避暑し、涼しくなると里に下りてくるので、夏はあまり目にできないのだ。成虫になったばかりのアキアカネはだいだい色の地味な体をしているが、里に下りてくる頃には成長してあの美しい赤い体になっている。
 
何千年も続く日本人ととんぼとの関係
米が主食の日本人は、稲につく害虫を食べてくれるとんぼを古くから大切にしてきた。すでに弥生時代の銅鐸にとんぼが描かれており、その付き合いは長い。
古語でとんぼは「あきつ」。由来は、「秋つ虫」「秋集ひ虫」などからと言われており、昔から秋の訪れを感じさせる虫だったようだ。そして、それ以上に五穀豊穣を象徴する重要な虫として古い書物にも登場している。たとえば古事記では、雄略天皇の腕にとまった虻をとんぼが食べてくれたというエピソードがある。日本書紀では、神武天皇が「日本の形はとんぼが交尾をして連なっている形に似ている」とおっしゃったので日本を「あきつしま」と呼ぶようになった、とある。また和歌にもとんぼは登場しており、万葉集では透けるように美しい衣の形容として「あきつ羽」がつかわれている。
とんぼが大切にされていたのは稲の守り神としてだけではない。時代劇で、武士の兜の飾りや着物の柄にとんぼが使われているのを見かけたことはないだろうか。戦いに行くのにかわいらしいとんぼ?と不思議に思えるが、前にしか進まないとんぼは「勝虫」とも言い、勝利を呼ぶ縁起のよい虫として武士に好まれていたのだ。
このように日本人に愛されているとんぼだが、一方で意外にも西洋では忌み嫌われる存在だ。英語では「ドラゴンフライ」と呼ばれ、アジアの龍とは異なり、ドラゴンは悪と罪を象徴する怪獣で大変恐れられてきた。西洋では「とんぼが人を刺す」と信じている人がいるほど不気味な存在のようだ。
 
都会の赤とんぼが見つけた新しい棲家
赤とんぼは、秋に田んぼや小川などの浅い水辺で産卵し、その卵は春に孵りヤゴとなって初夏に成虫になる。人間は赤とんぼの成育に適した田んぼという場所を提供し、赤とんぼは稲につく害虫を食べてくれる、という共存関係を築いてきた。
しかし都会ではヤゴの生育に最適な水場は失われてしまった。そこで赤とんぼが目を付けたのが学校のプールである。夏が過ぎて空いている秋のプールで産卵している姿がしばしば発見されている。プールに産みつけられた卵は春に孵りヤゴとなって、プールの中のプランクトンを食べて育つ。
ところが6月、多くの学校でプール開きのためにプールの排水・清掃が行われる。タイミングの悪いことに、この時期は赤とんぼが羽化する直前の大切な時期である。このため、プールでは成虫になれないヤゴが多かった。最近、そんなヤゴを助けて安全な場所に移動したり飼育したりする試みが全国の学校で広がっている。身近に遊ぶことのできる水場のない都会の子供たちにとって、水辺の生き物と触れ合う貴重な機会となっているのだ。
古くから稲作を通じて日本人と共存してきた赤とんぼだが、こんどはプールを通じて子供たちとの新たな共存関係が芽生えつつある。
 
 
 
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