嵐を呼ぶ9月1日
9月1日、長い長い夏休みが終わって、子供たちは始業式を迎える(今年は3日から)。残暑の熱気と、遊び疲れたため息と、ひさびさに会う級友への興奮で、9月1日の教室は例年、嵐のような騒ぎとなる。
大きな節目となるこの日は、実は台風襲来の厄日である。立春から数えて二百十日(太陽暦では9月1日前後)は、台風が襲来する厄日とされている。
関東大震災が起こったのも9月1日であるが、おりしもこの日は突風が吹き荒れ、3日間にわたって東京は燃え続けた。これを教訓に9月1日は防災の日となっている。
 
古くから知られてきた二百十日
二百十日が厄日として暦に書き入れられたのは1684年。江戸幕府天文方に就任した渋川春海によって「貞享暦」に記載された。渋川は無類の釣り好きで、海に舟を出そうとしたところ、老漁師に「経験上、立春から二百十日である今日は海が荒れる」とさとされた。これが言葉通り、その日は暴風雨にみまわれたため、厄日として書き入れたという。
しかしこれより以前から、農民らは経験的に立春後二百十日が嵐となりやすい事を知っていたという。この時期は、稲作において稲の穂が出始める大事な時であり、また台風などの風水害も多発する時期でもある。台風によって田んぼが泥水につかったり、強風で稲の穂が吹き飛ばされると、せっかく丹精につくったお米が実らなくなってしまう。日本人の命の源である稲を風水害から守ることは農民らにとって切実な問題であった。そのため古くから二百十日は、各地で、風の神様を鎮める「風鎮祭」が行われてきた。
 
繊細な風の祭り
各地で行われる風鎮祭はさまざまで、獅子舞によって風神を追い払ったり、家の棟木の両端に鎌を外向きに立てる(鎌が風を切って風の力を弱めると信じられている)などの行事が中部地方、北陸地方などに残っている。なかでも富山県八尾(やつお)市の「おわら風の盆」は有名である。
越中・八尾は地形的に強風の吹く場所で、立山連峰を越えて日本海から吹く風は「ダシ」と呼ばれ、稲作業に大きな被害をもたらした。おわら風の盆は、踊り手が町中を踊り歩いて、この風を鎮め、五穀豊穣を祈願する。毎年、9月1日から3日にかけて行われ、300年この地域に続く伝統行事である。(「おわら風の盆」の名前の由来は諸説あり、はっきりしたことはわかっていないようだ)
おわら風の盆が行われる3日間、小さな町は全国から延べ30万人もの見物客が訪れ、たいへんな賑わいとなる。多くの人々を惹きつける魅力は、その独特の踊りにある。
哀愁ただよう胡弓と三味線、唄い手による「おわら節」の音色にのせて、踊り手が静かに、優美に踊る。一般的な騒がしい盆踊りとはまったく違う、趣ある舞だ。夕闇に淡い灯がともり、あでやかな浴衣姿で、笠を目深にかぶった女性が踊る姿はなんとも幻想的である。その風情のある姿からおわら風の盆は多くの文学作品に登場している。
1年に1度しかないこの祭りは、たとえ小雨でも中止となる。使う衣装や楽器には繊細な心づかいが必要だからそうだ。嵐を呼び起こす風の神様は、こんなに繊細な祭りに心を鎮めるのだろうか。少なくとも人間は、艶やかに踊り歩く姿に心奪われずにはいられない。踊る姿に見入っていると、心なしか、駆け抜ける初秋の風が穏やかになったように感じられるのは気のせいだろうか。
 
 
 
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