世界が称賛する激しい響き

先ごろ、米国ニューヨークの名門クラブで流れたのは、「津軽じょんがら節」。
日本の若い演奏家が奏でる津軽三味線の音色に聴衆はかたずをのんだ。切れ目のない旋律、ときには激しく、ときにはせつなく、独特の間合い、早弾きを初めて聴いた聴衆は息をのんで耳を傾けた。聴衆の一人は「ただあぜんとするような技巧が次から次へと披露されてすごい」と称賛。クラブはまたたくまに間に熱気と喝采に包まれた。
いまや津軽三味線は世界が注目する楽器である。たたき出される力強い響きは文句なしに聴衆の魂を揺さぶる。多くの人々を惹きつけてやまない、この楽器の激しさはどこからくるのだろうか。

 

生きるために弾いた三味線

津軽三味線は、青森県の津軽地方で独自の発展を遂げてきた弦楽器である。
そもそも中国から持ち込まれた三味線は、日本各地の土着芸能と融合してさまざまに発展していった。本州最北端にある津軽地方はその終着地点であると言われる。
津軽では、厳しい風雪に耐えながらその日の糧を得るために、盲目の男芸人が一軒、一軒、家々の門に立ち三味線を弾いてまわった。かなしい運命を背負った先人によって、まさに生きるために弾いた三味線であった。これが津軽三味線のはじまりである。津軽津方は、日本でもとくに積雪量の多い地域の一つ。津軽三味線の音色がせつなく、力強い響きを持つのは、凍てつく冬をたくましく生き抜いた人たちによって弾き継がれてきたからであろう。

 

聴衆をひきつける即興演奏

生活のために弾かれてきた津軽三味線は、大正から昭和になると、民謡の伴奏としての役割を担うようになる。あくまでも伴奏としての裏方の存在であったが、しだいに唄に入る前の津軽三味線のアドリブ演奏が聴衆の心をつかみ、日ごとアドリブ演奏は長くなっていった。
「じょっぱり」という津軽人特有の気質がある。強情で負けず嫌いという意である。このじょっぱりによって、津軽三味線による腕比べ、技比べが行なわれ、演奏は大音量化、複雑化していった。このような演奏から、伴奏であった三味線は表舞台で脚光を浴びる独奏楽器としての地位を確立していったのである。
三味線にも工夫がこらされた。民謡の唄い手の音量に負けないように、胴が大きくなり、それにともない棹も太くなっていった。伝統的な小唄や長唄には細棹が用いられているが、津軽三味線には太棹が使用される。弦も通常より太めのものが用いられる。さらに奏法は、たたくようにして音を出すのが特徴だ。津軽三味線の力強くて、耳が痛くなるほどの迫力ある音量はここから生まれる。
そして、津軽三味線の魅力はなんといっても、即興性である。長唄のような三味線とは異なり、楽譜をあまり使用せず、アドリブで演奏を行う。常に変化を求められ、他の奏者の真似などしたら聴衆から強烈なヤジがとんだという。弾き手の技巧はもちろんのこと、感性、心情によりダイナミックに、リズミカルに変化する。ジャズやブルースに似ているといわれる所以である。多くの若者を、世界を惹きつける理由はここにある。
津軽三味線に込められたさまざまな思い、叫び。今も昔も、それらは津軽三味線の激しく、熱い音色にのって、聴衆の心を揺さぶり続けているのである。

 
 
 
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