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 高岡は全国の銅鋳物製品の約90%を生産する銅の街である
 

この街で銅製品の生産がはじまったのは1611年、加賀藩主として高岡の町を開いた前田利長が、鋳物発祥の地、河内国(現在の大阪府の一部)丹南郡から7人の鋳物師(いもじ)を招いて、金屋町に鋳物工場を開かせたことに始る。
最初鋳物師たちは、日用の鍋や釜などの鉄鋳物を作っていたが、江戸時代中頃からは、地域の需要に応えるかたちで銅鋳物も盛んになっていった。
やがて、明治期に入ると技術力はさらに向上した。明治6年 (1873) にはウィーン万国博覧会に出品され、その精巧な銅製品は世界から絶賛された。そして現在、高岡は日本有数の銅産業の街として、茶器、花器、香炉、仏具から梵鐘、野外の大型ブロンズ像 (銅像) に至るまで、時代のニーズに合ったものづくりを続けている。
高岡ではアルミ産業も忘れてはならない。第二次世界大戦中に地金の銅が不足すると、その代用として使われたのはアルミニウムだった。これが富山県におけるアルミニウム工業発展の契機となったのだが、アルミニウムだけでなく、鉄や錫合金、あらゆる金属製品がそれぞれの特徴を生かして使われるようになった。もちろん、こうした金属産業が高岡に根付いた背景には、銅器の生産で培われてきた日本一の技術と伝統があったことは言うまでもない。

 
 銅とアルミの街に再び活気を取り戻すために若者たちが立ち上がった
 

しかし、こうした高岡の産業も昔ほどは勢いがなくなったという。銅器の販売額はバブル経済の最中の1990年頃がピークだったが、それ以降は減少を続け、2000年代中頃にはかつての半分以下に落ち込んでしまった。産業としての先行きが見えてこないことから、後継者も育たなくなっており、職人の高齢化が進むばかりだった。
そこで、こうした現状に危機感を感じた若者たちが、高岡の産業を復活させるために立ち上がった。今回の特集では、伝統的な技術を受け継ぎながら新しい発想でものづくりを目指す3つの取り組みを報告する。1つ目は仏具以外の商品に活路を見出した会社、2つ目は高岡から世界へ発信するブランドの活動、3つ目は高岡のものづくり自体を広くアピールしていくという取り組みである。

 

高岡市金屋町   

 
   
高岡鋳物発祥の地碑      高岡銅器の象徴ともいえる高岡大仏  
 
 
 
金属×発想×職人 〜新しい発想の商品で販路を拡大する〜
   
高岡銅器×モダンデザイン 〜金属鋳造ブランドKANAYAの挑戦〜
   
ものづくり×情報の発信 〜高岡クラフツーリスモが目指したこと〜
   
コラム 【アルミ素材の特徴を生かしたアイスクリームのスプーン】
   
コラム 【高岡銅器の鋳造技術】
   
 
 
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