写真提供:北海道森林管理局・日高南部森林管理署
もう二度と「襟裳砂漠」とは言わせない。
−蘇えらせた命の森、襟裳岬に春が来た日。−

豊かな自然環境は、人間はもとより全ての生物の営みと命を守っているが、森林もそのひとつである。世界陸地の1/4は森林であり、二酸化炭素の吸収、貯蔵、土砂災害防止や良質な水を川や海に流す水源涵養、生物多様性保全など、重要な役割を果たす地球全体の貴重な財産である。こうした仕組みを崩すのが森林破壊。日本の向こうでは熱帯雨林の伐採や過度な焼畑作りのための森林破壊が行われ、さらには違法な森林伐採が行われている所もあるという。世界の森林面積は毎年減少し、消失面積は年間にすると日本国土の約1/3に匹敵する。各国際機関による取り組みも行われているが森林環境保全は地球温暖化問題同様、重要な課題でありその解決が急がれている。
日本は森林大国である。森林面積は国土面積の約61%、森林率約7割でフィンランド、スエーデンに次いで世界三位と豊かな緑の国である。その中で全国の森林面積の22%を占めるのが北海道。土地面積の約71%が森林に覆われ、様々な針葉樹、広葉樹がダイナミックな自然を作り上げている。こうした北海道の森林が、昔、不毛の地となった地域がある。襟裳岬の森林である。
明治時代の初め新政府の入植者奨励政策を受けて、襟裳岬にやってきた開拓民は住まい作りや暖をとるため森林を伐採し続けた。やがて、開拓民の生活、命を守ってきた豊かな森は失われた。赤土が舞う「襟裳砂漠」と呼ばれた荒廃した地となり、後の人々の生活を長い間脅かすことになる。「このままではダメだ、森を元へ戻そう!」若い漁師たちが立ち上がった。自然環境保全と言う考え方が、まだ社会的に認識されていなかった昭和28年4月1日、若い漁師たちと地元の人々、浦河森林管理署(現・林野庁/北海道森林管理局・日高南部森林管理署)が一体となって緑化という未知の世界に挑み始めた。襟裳岬特有の厳しい自然環境の中、半世紀に及び幾多の挫折を繰り返しついに成し遂げた。襟裳岬森林再生の歴史は、人間が自然を作った壮大な自然再生史であり、人間の英知と努力の可能性を証明した人間史でもある。この二つの歴史は55年経た今も次代の人たちに受け継がれ、この先50年、100年へと続いていく。
 
 

襟裳岬への入植者の命を支えてきた森。
「襟裳砂漠」は集団移住まで考えさせた。
若い漁師達が立ち上がった。「襟裳の森を元へ戻そう!」
思うように進まない草本緑化に苛立ちがつのる。
次は樹木による緑化だ。新たな戦いが始まった。
さらに100年先へ、襟裳岬の緑化は次代に受け継がれている。
「カッコウが鳴く、ウグイスが鳴く…」襟裳岬に春がやってきた日。
神戸製鋼アルミ・銅カンパニーの環境対応。[真岡製造所]
 
 
 
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