昭和46(1971)年、日本で初めてのオールアルミ缶ビールが発売された。この頃、ファーストフードやカセットテープなど新しい製品やサービスが次々と誕生するなか、アルミ缶ビールはビールの楽しみ方を大きく広げる製品として注目を集めた。
 

日本で初めて発売されたオールアルミ缶ビール
(写真提供:アサヒビール(株))

 
庶民にとっては高嶺の花。高級品だったびんビール

そもそもビールは、江戸時代中期にオランダ人によって日本に伝えられたといわれている。その後、日本国内で近代的なビール会社が設立され始めたのは、産業革命が進んだ明治 20 年代。現在の主力ビールメーカーの前身となる会社もこの頃創設され、キリン、アサヒ、サッポロなどおなじみのビールブランドが誕生した。
当時、日本では樽詰めビールとびんビールが販売されていたが、ガラスびんは外国製で貴重だったためビールは大変高価なものだったという。明治 23 年のビールの価格は大びんで約 18 銭。 1 世帯 1 か月の支出が 15 円前後の当時、一般家庭の晩酌で一杯、ということはほとんどなかったようだ。

 
いつでもどこでも気軽に飲める。ビールの飲み方を変えた缶ビール
昭和 30 年代に入ると市民の暮らしは少しずつ豊かになり、ビール需要も大きく伸び始めた。ビールが広く普及するために、容器の進化は大きな役割を担っていた。昭和 33 年には日本初の缶ビールが登場。割れにくく、どこへでも持ち運ぶことができる缶ビールは、アウトドアやレジャーでのビールの楽しみを広げた。またびんビールと違い、グラスがいらず、自分のペースで気軽に飲むことができる缶ビールは、それまでのビールの飲用スタイルを大きく変えていった。
戦前、ビールは飲食店で飲まれることがほとんどだったが、この頃からは家庭でビールが飲まれることも多くなった。おりしも電気冷蔵庫が普及し始めた頃。ピカピカの電気冷蔵庫でビールを冷やして飲むことは、当時の人々にとって大きな喜びだったことだろう。
当時の缶ビールはスチール缶で、缶フタに缶切りで切り込みを入れて開けるものだったが、その後、缶フタにアルミニウムを使用した缶ビールが登場する。このフタには缶切りがいらないプルトップ・タブ(イージーオープンエンド)が採用され、缶ビールはまさに「いつでも、どこでも」飲めるようになった。
 

より軽く、ファッショナブルに。オールアルミ缶ビールの登場

ハンバーガーチェーン日本 1 号店がオープンし、世界初のカップ入りヌードルが発売された昭和 46 年。この年の夏、ビール業界にも時代を変える新商品が誕生した。ついに、日本で初めてすべてのパーツにアルミニウムを採用したオールアルミ缶ビールがデビューしたのだ。アルミ缶ビールは缶臭さがなく、ファッショナブルな印象で若者を中心にたちまち人気を集めた。また自動販売機やスーパーなどの量販店が増加するなか、ビールの風味を長く保つ、早く冷える、軽量で輸送費を削減できる、鮮やかに印刷できる、回収の手間がいらないなどのアルミ缶の特長はメーカーや販売店にとっても大きなメリットとなり、ビールや清涼飲料の容器に次々に取り入れられていった。
アルミ缶普及の背景には、アルミ缶の製造工程に大きな技術革新があったことも忘れてはならない。この頃、導入された缶の胴体と底部を一体成型できる DI (ドロー・アイアン)法は、アルミ缶の生産効率を大幅に向上させた。
その後もアルミ缶は、形状や材料を工夫し、進化し続けている。たとえば、家庭で生ビールの味わいを楽しめるアルミ製ミニ樽、タブが缶フタから離れないステイ・オン・タブ方式、飲み口を開封しても再び閉められるアルミボトル缶などが誕生した。また最近では、材料開発や形状の改善により缶胴、缶フタの薄肉化が進んでおり、より軽く、手軽に飲めるよう工夫されている。
いよいよ夏も本番。冷えた缶ビールを開ける瞬間がうれしい季節がやってきた。私たちはアルミ缶によって、いつでも手軽に、新鮮なビールを飲むことができる―そう考えると今夜の一杯がいっそう味わい深いものに思えてくる。

 
 
 
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