審判の意思を伝えるホイッスルの音色

1998 年、日本イレブンはついに悲願のワールドカップ本大会への出場権を手にした。前大会の、アジア地区最終予選ラウンドで本大会出場を逃した「ドーハの悲劇」からみごとに立ち直り、日本のサッカー史に新たな 1 歩が刻まれたのである。
この日本サッカーチームが初出場をはたした FIFA ワールドカップ・フランス大会で、世界に注目されたメイド・イン・ジャパンがあった。
鏡のように美しく輝く、真鍮の「ホイッスル」である。軽く息を吹き込めば、高く澄んだ音色が広いスタジアムに響きわたる。
ホイッスルに始まり、ホイッスルに終わるサッカーでは、その音に選手やサポーターは一喜一憂する。ホイッスルは試合を左右する大きな役割を担うのである。大歓声にわく広いスタジアムで、審判の意思をすばやく的確に伝えることは難しい。しかもサッカーの主審が 1 試合に走る距離は約 12km 。もっとも運動量の多い選手でも 10km 程度であるから、主審は選手よりも走っているわけだ。そんななか軽く吹くだけで良い音が出るホイッスルは心強い味方となる。そのためホイッスルの音色にこだわりを持つ審判は多い。この日本製ホイッスルは軽い息で瞬時に高く、歯切れの良い音色を発する。スポーツ用ホイッスルといえばイギリス製、イタリア製が主流のなか、その品質は世界の晴れ舞台で認められることとなったのである。

 

他には真似できない丹念な仕事

実はこのホイッスルは、 82 年のスペイン大会、 86 年のメキシコ大会でも使用されていた。その際はフランスメーカーを通じて採用されたため、メイド・イン・ジャパンであることは公にされなかったが、高い品質からすでに活躍していたのである。
このホイッスルは吹き込んだ息を、より遠く、より大きな音として伝えるために、息漏れのない気密性の高い構造としている。隙間ができないよう組立は手作業で行い、継ぎ目はすべてはんだ付けし研磨している。「吹いた息が全部音になる」と表現する審判もいるほど、息漏れは完全にシャットアウトされている。
安価なホイッスルではプラスチック製のものや真鍮にニッケルめっきだけ施したものが多いが、このホイッスルは、ボディに真鍮を用い、それに銅、ニッケル、金(またはクロム)の 3 層めっきを施している。真鍮は、大きな音量を発し、またそれを嫌味に感じさせない丸みのある音色を出すのが特徴で、金管楽器などに多用されている。その真鍮にさらに厚手の 3 層めっきを施すことで、スポーツ用に適した耐久性の高い仕上がりとなっている。
良い音を出すためにはホイッスルの中に挿入されたコルク球も重要となる。コルク球がなくても音は出るが鋭い音になってしまう。コルク球が入ることで音に抑揚がつき、やわらかな音色になるのだ。しかし唾液の付着でコルク球が水分を吸収し割れることもあるため、このホイッスルはコルク表面に防水加工をして劣化を抑え、音の変質を防いでいる。
さらに特徴的なのが美しい輝きだ。鏡のような表面は外国製品と比べると際立って美しい。このホイッスルは数々の仕上げ工程を経て、曇りのない鏡面がつくられている。丁寧な仕事の積み重ねが、他には真似できないホイッスルを作り出しているのである。
いよいよ 2006 年ワールドカップ・ドイツ大会が始まる。その 20 年以上前から日本製の真鍮ホイッスルは登場し、数々の熱戦を支えてきた。鏡のような美しい輝きを持ち、ひときわ高く澄んだ響きは、今やサッカーに限らず多くのスポーツで使用されている。熱戦に歓喜を上げるとき、落胆するとき、試合を決定づけるまさにその瞬間、鳴り響くホイッスルの響きに耳を澄ましてみるのもいいかもしれない。

取材協力:野田鶴声社

 
 
copyright (C) kobelco all rights reserved.