『暁』(昭和7年〜昭和19年)
アルミ箔の品質向上に伴い、中間包装紙にアルミ箔を採用した。

写真提供:たばこと塩の博物館
 
新しい時代の香り・紙巻たばこの登場

明治時代、文明開化の流れのなか、新しい時代を感じさせるハイカラなものとして紙巻たばこが登場した。
紙巻たばこは、19世紀後半から欧米で本格的に製造されるようになり、急速に普及していった。当時、日本に輸入された紙巻たばこのパッケージには美しいデザインが施されており、このような魅力も手伝って江戸時代から続いた伝統的な刻みたばこから、手軽な紙巻たばこがもてはやされるようになったのである。
このようななか、国内でも紙巻たばこの製造に乗り出す人々が登場した。特に明治のたばこ王と称される岩谷松平と村井吉兵衛は有名である。岩谷松平は国産葉を原料とした口付(吸口に空洞の筒を設けたもの)紙巻たばこの製造、販売を始めた。一方、村井吉兵衛は米国の製造法を模索し、機械の導入も試みた。そして米国産葉たばこを配合した両切紙巻たばこを製造。いちやく人気を集めることになる。
特に二人の活躍で有名なのが宣伝合戦で、岩谷はシンボルカラーである赤を多用し、店舗はもちろんのこと、馬車、着物まで赤で染め奇抜な宣伝を行った。これに対抗し村井は、白いのぼりを立て、音楽隊を連ねて町中を宣伝してまわるなど、当時としては画期的な広告宣伝が行われ人々を驚かせた。二人の争いは明治31 年、葉たばこが国の専売となり終焉するが、この時代の活気とともに紙巻たばこは人気を高めていったのである。

 

たばこの大敵、湿気を防ぐアルミ箔

大正から昭和になると、都市を中心に紙巻たばこの需要が増加していった。当初は口付たばこが人気であったが、しだいに両切たばこが好まれるようになり、1930(昭和5)年には、両切たばこの生産量が口切たばこを超えることになる。このような嗜好の変化に応じて、新しい銘柄が多く登場することになる。
1932(昭和7)年、『暁』が発売された。この両切たばこは、日本初のトーストたばこで、香料を添加し高温加熱(トースト)することで特有の芳香をひきだしている。
両切たばこの原料は、主に黄色種やバーレー種等の葉たばこが用いられる。黄色種は、火力で乾燥させ葉たばこ特有の香りを出す。また、バーレー種はゆっくりと期間をかけて乾燥させ香りを出す。このような乾燥工程を用いて香りをつけるため、両切たばこの包装には、湿気を防ぐ中間包装が必要となる。中間包装は当初、錫箔などが使用されたが高価であった。おりしも1930(昭和5 )年、日本で初めてアルミ箔の製造が行われた。そして、しだいにアルミ箔の品質が向上するにつれて、錫箔に替わりアルミ箔が使用されるようになった。1937(昭和 12)年頃には、アルミ箔がたばこ包装材として本格的に使用されるようになっている。銘柄としては『暁』がアルミ箔を最初に使用したと言われている。
その後、戦下の物資不足からアルミ箔は一時使用されなくなるが、戦後、再びアルミ箔はたばこ包装材として復活している。防湿性、保香性に優れたアルミ箔は、いわゆる「銀紙の包み」として、現在ではたばこをはじめ、菓子や食品の包装材として欠くことのできないものとなっている。たばこの開封時に広がる香り、それを保っているのは昭和初期から銀に輝くアルミ箔なのである。

取材協力:たばこと塩の博物館

 
 
 
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