日本国際博覧会協会資料より
 
競って出品された製品は世界のブランドに
 
1855年、今から150年前、フランス・パリで万国博覧会が開催された。
現在、愛知万博が開催され大きな話題を呼んでいるが、そもそも「万博」というものが初めて開催されたのは1851年のロンドン万博にさかのぼる。およそ600万人が来場し、その華々しい成功は世界に伝えられた。これに刺激されたのがナポレオン3世である。ロンドン万博の4年後、フランスの威信をかけ、パリで大規模な産業博覧会(万国博)を開いた。博覧会では当時の最先端の製品を一堂に集め、すぐれた製品には金、銀、銅などのメダルを与え栄誉を称えた。メダルを受賞した製品はいちやく有名となり、人気を博した。例えば、「シャトー・マルゴー」や「シャトー・ラトゥール」など、このとき金メダルを受賞したボルドーワインは、世界の名だたるワインとして有名になっている。この他にもガラス器の「バカラ」や銀食器の「クリストフ」など、世界のブランドとして地位を確立したものも多い。実は、オリンピックのメダル授与は、このパリ万博のアイデアから生まれたものであるといわれている。このようなメダルの効果もあって、万博には競ってすぐれた製品が出品された。ずらりと並んだ展示物のなかには、ひときわ新しい輝きを放つアルミニウムも並んでいた。

 

 
ナポレオン3世を魅了したアルミニウム
 
万博会場の特別陳列室には、宝石がちりばめられた王冠に並んで、アルミニウムの棒が展示された。初めて披露された金属は「粘土から得た銀」と称され、もの珍しいアルミニウムをひと目見ようと、会期中、多くの人々が詰めかけたという。また、このときパリに訪れていた江戸幕府は、アルミニウムという軽くて、価値の高い金属があることを知って驚き、初めて日本にアルミニウムの存在を伝えた。
このアルミニウム棒は、フランスの学者サントクレール・ドビルが試作したものである。ドビルはアルミニウムの工業的生産法を発明した人物で、1856年にパリ郊外に世界初のアルミニウム工場をつくっている。この工場の生産能力は2トンと小さな規模であるが、ちょうどこのころドイツで同様の生産法が開発されたことを受け、競争心をあおられたナポレオン3世が強力に後押しをして実現した。ナポレオン3世は、アルミニウムに非常に高い評価と愛着を示したことが知られており、例えば、自分の上着のボタンや皇太子のおもちゃなどをアルミニウムで作ったり、晩餐会では、特別な客にはアルミニウムのスプーンやフォークを出し、一般客には金や銀のものを出したという記録が残っている。
華やかなパリ万博が開催されたころ、アルミニウムは金や銀に勝る貴重な金属として登場した。その輝きはナポレオン3世をはじめとして多くの人々を魅了し、アルミニウムは世界に華々しくその名を広めたのである。
 
 
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