1977年に打ち上げられた静止通信衛星
「さくら」(想像図)

写真提供:JAXA
 
日本に届いた海外の衝撃映像
 人工衛星による衛星通信は、地球上の国と国、地域と地域を結び、国際電話、衛星中継、テレビ会議、カーナビなど、さまざまな形で利用されている。しかしこのような衛星通信の歴史はそれほど長いわけではない。
 1963年、アメリカのリレー1号衛星により、日本とアメリカの間での最初の衛星通信テレビ伝送実験が実施された。このとき送られたのは、テキサス州・ダラスでケネディ大統領が暗殺された、という衝撃的なニュースであった。その後1964年にはアメリカのシンコム3号衛星により、東京オリンピックの模様が世界に伝送された。同じ年、静止通信衛星による国際共同の組織、インテルサットが誕生し、商業用の国際衛星通信サービスが始まった。
 衛星通信の威力を目の当たりにし、日本でも独自の通信衛星の研究が始まった。このころすでに計画が進められていた天体観測や科学目的の衛星だけではなく、通信、放送、気象などの目的で打ち上げられる実用衛星への期待は大きく膨らんでいった。
 
最初の人工衛星はアメリカで打ち上げられた

 通信衛星「さくら」は、通信需要が今後増大、多様化することを想定し、本格的な通信衛星に関する開発を進めるという、実利用と研究開発の2つの目的をもって、1977年に打ち上げられた。
 「さくら」は直径約220cm、重量約350sの円筒形で、スピン安定方式と呼ばれる方式で姿勢を制御していた。本体の表面には太陽電池が貼り付けられ、構造材料にはアルミニウムが使用されていた。人工衛星にとって、アルミニウムは欠かせない材料の1つである。世界初の人工衛星であるスプートニク1号(1957年打ち上げ)の本体は表面が鏡面のアルミニウム球だったし、その後の人工衛星でも軽くて丈夫な骨格として、また断熱材の構成材料などとして、アルミニウムが使用されてきた。
 しかし当時の日本の技術には限界があった。人工衛星の製作技術は海外から導入されており、人工衛星の打ち上げに必要なロケットも持っていなかった。そのため「さくら」は、宇宙開発の先進国であるアメリカ・NASAのケープカナベラル基地から打ち上げられた。1977年12月に打ち上げられた「さくら」は、地球の3万6千キロ上空、東経135度の静止軌道に達した。
 1977年には「さくら」のほか、気象衛星「ひまわり」、放送衛星「ゆり」も打ち上げられ、日本の実用衛星の歴史の中でも記念すべき年であった。しかし、これらの人工衛星も「さくら」と同様、アメリカで打ち上げられたのだった。

 
情報化時代を支えてきた通信衛星

 「さくら」は、準ミリ波帯域の通信実験などを行い、その成果は世界からも注目を集めた。「さくら」打ち上げの後、1983年には同じシリーズの通信衛星「さくら2号(a、b)」、1988年には「さくら3号(a、b)」が打ち上げられ、日本における衛星通信サービスが開始された。これらは、日本が製作したNロケットによって種子島宇宙センターから打ち上げられた。
 「さくら」は、打ち上げから8年後の1985年に運用を終了した。つくば科学博が開催され、ハイテク技術がめざましく進歩する時代。その後日本は本格的な情報化時代を迎えることになる。

 
 
 
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