開業当初の東京モノレール(300形)
丸みを帯びたデザインが、どこか懐かしさを感じさせる。
(写真提供:東京モノレール(株))
 
羽田空港と都心を結ぶ新しい交通システム

1964年、日本の戦後復興の象徴ともいうべきビッグイベント、東京オリンピックが開催された。東京周辺では、オリンピックの開催に合わせ交通機関の整備が急ピッチで進められた。東海道新幹線の開通、首都高速道路の整備。東京モノレールの開通も忘れられない出来事である。
東京都心の浜松町と羽田空港の間、約13キロを15分で結ぶ東京モノレール羽田線は1964年9月17日に開通した。当時まだ珍しかったモノレールは、人々の間で大きな話題を呼んだ。しかし開業当初は、途中駅が全くなかったため、空港利用客以外にあまり乗客がおらず、タクシーなどに比べ運賃も割高で、乗客数は少なかった。その後、「大井競馬場前駅」などの新駅設置、運賃の大幅引き下げなどが行われた。1970年代になると国際・国内線の便数も増え、空港利用客が増加した。また、開業当初、羽田空港止まりであった首都高速1号線の横浜線の開通に伴い、交通渋滞が顕著となってきたこともあり、モノレールはバスやタクシーよりも速くて便利というイメージができ、羽田空港のアクセス手段として利用客に定着したという。

 
騒音が少なく、環境にやさしいモノレール
モノレールとは「モノ」つまり1本のレールを走る軌道交通のことである。方式としては軌道の上をまたぐ形で走る「跨座(こざ)式」と軌道にぶら下がった形の「懸垂式」の2つの種類に大別される。主としてゴムタイヤを持つ電動車両で、基本的には高架の軌道を走行するため、低騒音、日照を妨げにくいなど、周辺環境への影響が少ないという特徴を持つ。
東京モノレールは開業時からアルミ製の車両を採用した。その理由は、軽量な車両なので軌道を小さくできる、走行時の騒音が少ない、建設コスト低減が図れるなどのメリットがあるためである。跨座式であるため、一般の鉄道車両と同様な客室の下に、「スカート」とよばれる跨座部分が付いている。車両は、アルミ押出形材の骨組みの上に、アルミ合金板材の外板が溶接され組み立てられた。
これ以降も、新しい技術の適用により、次々に新しい車両が登場していった。たとえば1977年には、車両にアルミ7000系合金や強化プラスチックなどの新しい材料技術が適用された。1989年には、先頭車両が流線形のデザインになったほか、窓の大型化、空調やインテリアの改良などにより、快適性がいっそう向上した。最近では、白をベースにブルーとオレンジの帯を組み合わせた、新しいカラーリングの車両が登場している。このようにデザインや快適性の改良がだんだんと図られ、東京モノレールは常に新鮮な話題を私たちに提供してくれている。
 
変わりゆく東京を見守る交通インフラとして
開業から40年余りがたち、東京モノレール羽田線の沿線の環境も大きく変化した。急速な都市化の進む東京湾沿岸にあって、最近ではオフィスビルや高層マンションが多く建設されるようになり、通勤・通学、生活の足としてなくてはならない交通機関となっている。羽田空港でも、2010年秋を目標とした拡張計画が進行中で、予定されている新国際線ターミナルには新駅の設置が計画されている。
そして今、再びオリンピックの誘致計画が進行中である。東京都は、2016年のオリンピック候補地に名乗りを挙げており、開催となればおよそ50年ぶり、2度目のオリンピックとなる。東京の都市化の流れのなかで、交通機関として大きな役割を果たしてきた東京モノレール。次はどんな歴史の一コマに立ち会うことになるのだろうか。
 
 
 
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