株式会社神戸製鋼所アルミ・銅製品販売網機関紙

 
Back No. に戻る
 
扉ページへ 前のページ
 
 
東京駅で銅が使われていたのは、尖塔などの装飾を除くとスレートのつなぎ材、つまりスレートが葺ききれない部分、アールのきついところや角の部分の材料として使われることが多かった。さてこのスレートであるが、近年では一般的な建築屋根材として広く使われているが、ほとんどが人工のもので無石綿スレートといわれているものだという。天然のものは粘板岩といわれる泥岩や頁岩が割れやすくなったものを加工したもので、現在の日本では、宮城県石巻市の雄勝町(おがつちょう)でしか生産されていない。以前は同じ宮城県の登米町でも良質な天然スレートを産出していたが、現在では生産していない。そしてこの二つの産地のスレートが東京駅の屋根材として使われていたのだ。大正時代の工事では、つまり最初の東京駅には雄勝町のスレートが、そして戦後の修復では登米町のものが使われたという。葺き方については、戦後の修復ではなぜか南北ドーム屋根と中央屋根が魚鱗葺、その他の切妻部は一文字葺と使い分けていたが、大正時代の創建当初の葺き方が全て一文字葺きであることが写真調査によって判明したので、復原は全て一文字葺きで行なうことにしたという。
復原にあたってはこれらの天然スレートから一文字葺きになりそうなスレートを一枚一枚ていねいにはがし、再利用が可能だと判断したものを生産地である雄勝町の近くの業者に送り、清掃・修復を依頼した。しかし、復原工事全体では約457,000枚のスレートが必要である。そのため新たに雄勝町の生産者にも依頼したがとてもそれで足りるわけはなく、世界各地からスレートのサンプルを集めたという。そして雄勝産にいちばん近い品質が得られたスペインの鉱山にスレートを発注することにした。
  銅板葺き工事

魚鱗葺き

一文字葺き
 
 
 東日本大震災の被害を乗り越えて。
 
さて、スレートの清掃・修復作業も終わり東京へ送ろうとしていたところへ、今回の東日本大震災である。石巻市は大きな津波の被害を受け出荷直前のスレートのほとんどを流失させてしまった。しかし石巻の人たちはあきらめなかった。ほんとうは自分たちの住まいも流されて、スレートのことなど考えられない悲惨な状況だったかもしれない。それでも泥の中から1枚1枚拾い集めるという作業をはじめた。拾い集めてきれいに洗浄した。そんな中から、今回新たに製作していた分の15,000枚を加えると約55,000枚が再利用可能だと判断され、数は減ってしまったが、無事東京駅の復原工事に使われることになった。これらの国産天然スレートのすべてが南北ドームと中央部分の目立つところに葺かれるという。雄勝と登米の天然スレートはいま、復興への願いを込めて東京の空の下で輝き始めている。
 
扉ページへ 前のページ
 
copyright (C) kobelco all rights reserved.