善人 or 悪人? 役柄を表現する扮装の工夫
あざやかな衣装や大道具など、華やかな歌舞伎は眺めているだけでも十分楽しめるが、どうせなら内容を少しでも理解してみたいもの。内容が難しいと敬遠されている方もいるようだが、実は歌舞伎は、観客が一目で役柄がわかるような工夫がしてあるのだ。たとえば役者の顔は、善人の場合は白塗り、悪人の場合は赤塗りに化粧されている。身分の高い武士は胸を張って大股に歩き、身分の低い百姓町人は背を屈めて小股に歩く。現代において、たとえば 2 時間ドラマのサスペンスで、序盤から犯人がわかってしまうようなことがあるだろうか。たいていの場合、登場人物の人格は台詞や人間関係などから推測しなければならない。しかし歌舞伎においては、善人か悪人か、若いか年寄りか、身分の高低、力の強さや弱さ、二枚目か道化役か、美しいか醜いか、金持ちか貧乏人かが瞬時にわかるよう、扮装で表現されているのだ。
 
 
歌舞伎の鬘を支える銅
役柄を表現する扮装で、重要な役割を果たすのが鬘(かつら)だ。
性別や身分、職業、年齢、性格などによって髪の形が細かく決められている。
鬘は、 1 興行ごとにつくられるオーダーメード品である。歌舞伎の鬘は、鬘屋と床山という 2 つの職種の人間が製作を担当する。まず鬘屋が薄い銅板を用いて、叩きながら俳優の頭の形に合わせた土台をつくる。これは台金(だいがね)と呼ばれるが、この台金の上に毛髪を植え込んだ羽二重(はぶたえ)生地が貼り付けられる。つぎに床山が、これを役柄に合わせそれぞれの髪型に結い上げ、髪飾りなどを付け仕上げる。 そもそも鬘ができたのは江戸時代の承応年間(1652 〜 1655年)で、それまでは役者は地の頭のままで芝居をしていた。その後延宝年間(1673 〜 1681年)になって銅板で頭をすっぽり覆う台金が登場した。加工しやすい銅は、鍛金加工で打ち延ばしながら役者の頭にぴったり合わせた立体形に成形することができる。また銅が持つ抗菌作用のおかげで、長時間着用しても汗による不快な匂いが抑えられるという。以降、現代まで歌舞伎の鬘には銅製の台金が使用されている。
 
 
 
鬘あわせは鬘屋の腕の見せどころ
配役が決まると「鬘あわせ」という、役者、鬘屋、床山がおたがいに意見を出し合う場が設けられる。鬘あわせで、鬘屋は役者の頭に台金をかぶせ、調節を行なう。役者が大立ち回りをしてもずれないようにきつめに作ると、吐気や頭痛をもたらす原因となってしまう。いかにその人の頭にフィットさせることができるかどうかが、鬘の良し悪しを左右する。鬘屋の傍には床山が控え、役柄の特徴などを考慮し鬘屋に意向を伝える。とくに生え際の形は重要で、この形ひとつで優しい二枚目の色気も出れば、強い敵役の険のある印象をつくることができる。鬘屋と床山は長年の経験を生かしながら、役柄を鬘で表現していく。その優れた技術は良い芝居を生む大事な要素である。役者は、鬘を載せてもらうとき鏡越しに「いただきます」とあいさつをする。それは優れた裏方仕事に対する敬意の表れである。
 
歌舞伎座の床山部屋
公演期間中、床山は鬘の掛け外しから結い直し、維持管理などを行なう。床山は役者ごとに専任の者が付くことになっており、これは役者の個性や好み、家系や芸脈によって生じる歌舞伎役者からの細かい要求に応えるためである
写真提供:(株)歌舞伎座
 
 
 
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